a box of chocolates

人生はチョコレート箱のようなもの。開けてみるまで何が入っているかわからない。でもきっと、素敵なものがいっぱい詰まっているはず。

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【記録】大地震発生

[ 2011/03/12 17:00 ]
五体満足で生きています。幸運にも、自宅の物的被害もほぼゼロでした。
恐ろしい事態になりました。
地面が揺れることにここまで恐怖を覚えたのは生まれて初めてです。
阪神・淡路大震災のときに自宅付近は震度5弱を記録したのですが、あのときとは比べものにならない恐怖でした。


■地震発生
その日は午後から船橋の研修施設で組合の会議。
よく使う施設ではあるのですが、今回の会場はいつもより広くて天井の高い講堂のような場所でした。

最初はレクチャーのような感じで、淡々と平和に進んでいく会議。
退屈だなあ、昨日もあんまり眠れなかったし花粉はびゅんびゅん飛んでるし、眠いな…

と思っていると、なんだか床が揺れている。
あ、地震だ。
ゆれてるなあ。いつ止むのかなあ。

と思っているうちに、揺れはおさまらないどころかどんどん強くなっていくではありませんか。
揺れがおさまるまでここで待ったほうがいいのか、それとも屋外に出るべきかと考えているうちに
天井から吊るされたライトが今にもちぎれて落下しそうに揺れ動くのを見て
「さすがにこれはヤバイ」と思い、コートと荷物をつかんで屋外に飛び出しました。

コートをとっさに手にとった私、グッジョブ。

それからしばらく、屋外で待機を余儀なくされたのです。


■続く余震
こんなに激しく揺れるなんて、とうとう東海地震がやってきたか!と思いつつ
うねる路上でみんなでひたすら待機。
大きい余震は何度も続きます。
そのたびに目の前の建物がぐらぐら揺れるのを見て、恐怖。

阪神淡路大震災のときは、直下型地震特有の衝撃が一気に来て
激しい揺れが一瞬にして襲い掛かり過ぎ去っていったような印象だったのですが
今回は、強いうねりが何度も何度も襲い掛かってくる感じ。
その強さにも恐ろしさを覚えたのですが、それ以上に、弱まる気配がなく何度も繰り返し揺れる様子に
「このまま揺れ止まないのでは」と背筋が寒くなりました。

同期のセールスたちが「これがないと仕事ができん!」と
とっさに持ち出したパソコンをネットにつなぐことができたので、情報を確認したところ
なんと震源は宮城県だというではありませんか。

震源が東北なのに東京でこのゆれ具合は、相当やばい状況なのではないのか。

そうこうしているうちに、建物の玄関にスクリーンが持ち出され
プロジェクターでテレビニュースが映し出されました。


なんだこれ…

水浸しになった陸地が、スクリーンに大きく映し出されていました。
何か信じられないようなことが現実に起こってしまっている。


■シャットアウト
阪神淡路大震災のことを思い出し、とりあえず自販機で水を2本購入。
そして「ああこれは当分帰宅できないな」と思っていました。

その読みは的中。

私鉄・JR・地下鉄は全面運転中止。
高速道路も閉鎖。一般道も数珠繋ぎ状態で激しい渋滞。
成田空港と羽田空港も閉鎖されてしまった。

もはや、徒歩しか移動手段がありません。
ちなみに、錦糸町で電車が止まってしまったため、そこからひたすら船橋まで歩き続けたという人もいたり。

マヒしてしまったのは交通網だけではありません。
通信網も正常に機能しないのです。

地震発生直後に、夫に「とりあえず生きている」とささっとメールを送れたのは幸運でした。
その後、メールはつながらなくなり、携帯電話も不通の状態に。
仕事のことで連絡を取らないといけない案件もあったのですが
それよりもまず、上司に安否を報告しないといけない。
なのに全然メールが送信できないというもどかしさ。


■不幸中の幸い
ただ、会社の人たちがみんな一緒という場での被災というのは、不幸中の幸いだったと思います。
これが一人外出先だったりしようものなら、ひとりぼっちで身動きが取れず連絡も取れず
本当に心細い思いをしたことでしょう。

しかも、いた場所が宿泊施設つきの研修所というのも幸運でした。
ちょっぴりのおかずながらも暖かいごはんとお味噌汁を食べることができたし
一部の宿泊部屋を解放してもらって(部屋によってはガラスの破片が散乱して使える状態ではない場所もあったとか)
ベッドに横になることもできたし。

自宅に帰っても一人、という状況よりは、絶えず身近に誰かがいるという状況ははるかに心強いものでした。
宿泊部屋も同期の女の子と相部屋だというのも、安心でした。


■被害拡大
ベッドに横になれたとは言っても、よく眠れたわけではありませんでした。
余震が気になって気になって、少しの揺れにも身体が反応して目覚めてしまう。
その上に、携帯電話を通じてNTTから発信される「緊急地震速報」のアラーム音が
1時間おきぐらいの間隔でひっきりなしに鳴るののです。

しかも、その音で起き上がりテレビをつけると
今度は新潟県で地震発生というではありませんか。

なんで日本中あちこちで揺れまくってるの?!もう日本、沈んじゃうんじゃないの…?!


どんどん広がる被害。
テレビでは、目を疑うような大津波が田畑を飲み込んでいく画像。
燃え上がる石油プラント。
炎に埋め尽くされる市街地。

そして、「女川町 壊滅状態」のテロップが流れた瞬間、息を飲んで言葉を失ってしまいました。


あの場所には、新入社員のときに研修にいった工場があるのに。
私たちの、仲間がいるのに。



◆◆◆


工場職員も含めて、まだ連絡が取れていない友人知人がいることは本当に心配です。
どうか、無事でいてください。

自分にできることは、他人の無事を祈ることと、自分自身の身の安全を守ることしかない。
生きなければ。
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やっすんさん、ご無事でよかったです。
ひとりきりじゃなかったのも、心強いですよね!!

ニュースを観ていて、おなじ日本とは思えなくて。
被災地付近は東電、あたしは中電ですが、あたしの節電でも役に立つのでしょうか??
[ 2011/03/12 21:01 ] [ 編集 ]
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[ 2011/03/12 21:11 ] [ 編集 ]
無事でよかった
お互い、無事でよかったです。
一人じゃないって力強いですよね。
私は、会社から帰宅命令が4:30に出てしまい、お姉さん社員さんと新宿で一緒に2時間強一緒に過ごせたし、その後はメールが生きていたので、それだけでも気持ち的に助かったのですから、仲間と一緒というのは、本当に安心できたのではないかと思います。

テレビで見たニュースは、ショックの連続で。
本当に本当に胸が痛いです。
[ 2011/03/13 00:46 ] [ 編集 ]
Re: タイトルなし
> あんみぃさん
ありがとうございます!無事です!
東京も大変でしたが、東北地方の惨状を思うと胸が痛みます…
私も、節電をはじめ、何かできることを考えてやっていかないと、と思っています。
[ 2011/03/13 06:26 ] [ 編集 ]
Re: 本当に
> 鍵様
コメントありがとう!泣けました。
そして、何があっても生き延びないと、と思いました。
首都圏はそこまでの大事には至っていませんが
サバイバルに備えて、肝を据えていきます。
[ 2011/03/13 06:27 ] [ 編集 ]
Re: 無事でよかった
>kirikaさん
こういうときは「つながり」って本当に心強いものだと思いました。
「遠くの親戚より近くの他人」というのをしみじみ実感します。
kirikaさんもご家族もみなさんご無事で本当によかったです!
[ 2011/03/13 06:31 ] [ 編集 ]
無事でよかったです
やっすんさん無事でよかったです~
今回東京は大変でしたが、この地震でわかったこともたくさん
ありました。
日本人はやっぱり偉い。混乱も少なくすぐに事に対処できる。
予想以上に知らない者同士助け合える。この良さは今後システム化
して共助していけそう。
お互いの無事が確認できる伝言ダイヤルを活用出来てなかったことを
反省しつつ、家族で情報共有し防災訓練しなくちゃと思います。
[ 2011/03/13 11:37 ] [ 編集 ]
>miyoさん
海外メディアが「日本人はこのような有事でも我慢強く礼儀正しい」とつたえたそうですが
本当に、それは日本の誇りだと思います。
プライドを持って、毅然としてこの事態に立ち向かいましょうね。
[ 2011/03/14 19:30 ] [ 編集 ]
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プロフィール

yassun7

Author:yassun7
大阪生まれの大阪育ち。
そして東京に暮らしてはや11年。
予定調和がモットーだけど
予測できない人生もまた面白い
と思い始めたアラサー女子です。


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